1-5-4 進路

SMAPの「世界に一つだけの花」や、映画「千と千尋の神隠し」が流行って、横綱の貴乃花と武蔵丸が引退、朝青龍が横綱に昇格、iPodが生まれ、六本木ヒルズが生まれた2003年。

好き勝手に過ごしていた高校生活が終わりに近づき、進路を考える時期がやってきた。

僕の生まれ育った福岡は九州にあるため暖かい土地だと思われることが多いが、冬は結構冷える。

秋頃までは夏の暖かさが続くのだが、気がつくと一気に寒くなる。

極寒とまでは行かないが、じっとしていたら身体が震えてくるような夜の海に出かけていき、タバコをふかしながら、この先の人生について想いを巡らせる事が多くなった。

「できることなら、ギターを極めたい」

「音楽の世界で生きていきたい」

でも、どうすればそれを実現できるのか分からなかったし、その頃、僕の心にのしかかっていた「お金がない」という問題も僕を悩ませた。

高校を卒業しても、バイトをしながら納得するまで自分の道を探してみたいと思ったのだが、当時の僕には、母親や周りの大人たちの心配を振り切ってまで突き進む覚悟がなかった。

この時に、本気で自分と向き合い、何でも自分で調べ、自分で行動するという、自分の人生に対する誠実さがあれば、回り道をしなくて済んだのかもしれない。

周りの人達にも迷惑をかけなくて済んだのかもしれない。

だが、僕はそれをしなかった。

安易な道を選んでしまったんだ。

自分の覚悟や勇気のなさを見ないふりして。

面倒なことを避け、分かりやすい道、安心できそうな道、誰かに褒めてもらえそうな道、周りの大人がサポートしてくれそうな道を選んだ。

「僕は美容師として生きていく」

いつも通っている美容室のオーナーも勧めてくれていたし、みんなずっと髪は伸びるから、手に職をつればお金にも困らないだろう。

親も、周りの大人も嬉しそうに話を聞いてくれたので、力になってくれるだろう。

安心できるし、褒められるし、カッコいいし。

ギターは趣味でも続けられるし。

福岡には就職率ほぼ100%という、有名な美容師の専門学校もあるし。

奨学金を借りれば学費はなんとかなると、学校の先生も言ってたし。

 

美容師になる、と決めた後は、調子に乗って周りに触れ回った。

非常に恥ずかしい話だが、僕が自分でやったことは「学校を決める」「奨学金をかりる決断をする」「試験を受ける」ということだけなのに。。

あとは母親や学校の先生に頼りきっていた。

資料を確認するのも、期日に合わせて必要書類やお金を準備するのも母親に任せきりで、余裕をぶっこいていた。

本当に恥ずかしい。

僕が自分で責任を持ち、率先して動いていれば、母親にあんなに苦労をかけることはなかっただろう。

子供は僕だけではなかったのに。

僕たちを育てるために毎日、長い時間働いてくれていたのに。

本当に本当に恥ずかしい。

 

こうして僕は、大村美容専門学校という福岡にある有名な美容師の専門学校へ進学した。

いや、進学させてもらった。